相続手続きは、家族が亡くなった後に遺産を分割するために必要な手続きです。不動産、預金、株式などの財産の名義変更をするために、様々な手続きが求められます。
しかし、相続手続きには感情的な負担が伴うため、他の相続人と会いたくない、話し合いに参加したくない、と考える方も少なくありません。
特に以下の理由で、他の相続人に会わずに相続手続きを済ませたいと考える方が増えています。
- 感情的な対立: 家族や親族間の対立や過去のトラブルが原因で顔を合わせたくない場合。
- 物理的な距離: 遠方に住んでいるため、物理的に会うのが難しい場合。
- 突然の相続通知: 異母兄弟など面識のない人の相続手続きを行うことになり、戸惑う場合。
この記事では、他の相続人に会わずに相続手続きを進める方法について、具体的な手続きや活用できるサービスを紹介します。それぞれの事情に合わせて適切な手続きを選択できるよう、以下の3つのケースに分けて解説します。
- 遺産分割協議に一切かかわりたくない場合
- 遠方で会えない、または、一定の相続人には会いたくないが、他の相続人と連絡が取れる場合
- 遺産分割で揉めてしまい、もう話し合いたくない場合
それぞれのケースに応じた具体的な対策を理解し、スムーズに相続手続きを進めるための参考にしてください。
相続手続き・協議に一切かかわりたくない人は『相続放棄』

母と離婚した父が亡くなったと知りました。再婚相手とその息子さん、そして私が相続人です。遺産を受け取るつもりはないので放棄したいです。相手方と会わなくても相続放棄できますよね?

はい、相続放棄は個別に行うことができます。他の相続人と会ったり相談する必要はありませんよ。
『相続放棄の申述』について。
以下のような事情の方は、相続放棄を検討しましょう
- 遺産を受け取るつもりがない
- 過去のトラブルなどが原因で会いたくない
- 一切面識のない人の相続人と知らされた
- 亡くなった方の財産や借金が把握できない
- 手続きや話し合いが面倒
相続放棄は一人で行うことができます。相続放棄は、各相続人が独自に判断し、家庭裁判所に対して申述する手続きです。他の相続人の同意や協力は必要ありません。以下に、相続放棄の手続きについて説明します。
手続きの解説
- 相続放棄の期限
- 相続放棄は、被相続人(この場合はお父様)が亡くなったことを知ってから3ヶ月以内に行う必要があります。この期間を「熟慮期間」と言います。
- 必要書類の準備
(1) 相続放棄の申述書
書式記載例(申述人が成人の場合)
書式記載例(申述人が未成年者の場合)(2) 標準的な申立添付書類
【共通】
1. 被相続人の住民票除票又は戸籍附票
2. 申述人(放棄する方)の戸籍謄本
【申述人が,被相続人の配偶者の場合】
3. 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
【申述人が,被相続人の子又はその代襲者(孫,ひ孫等)(第一順位相続人)の場合】
3. 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
4. 申述人が代襲相続人(孫,ひ孫等)の場合,被代襲者(本来の相続人)の死亡の記載のある戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
【申述人が,被相続人の父母・祖父母等(直系尊属)(第二順位相続人)の場合(先順位相続人等から提出済みのものは添付不要)】
3. 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
4. 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している方がいらっしゃる場合,その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
5. 被相続人の直系尊属に死亡している方(相続人より下の代の直系尊属に限る(例:相続人が祖母の場合,父母))がいらっしゃる場合,その直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
【申述人が,被相続人の兄弟姉妹及びその代襲者(おいめい)(第三順位相続人)の場合(先順位相続人等から提出済みのものは添付不要)】
3. 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
4. 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している方がいらっしゃる場合,その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
5. 被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
6. 申述人が代襲相続人(おい,めい)の場合,被代襲者(本来の相続人)の死亡の記載のある戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
裁判所 相続の放棄の申述
- 家庭裁判所への申述
- 上記の書類を揃え、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に提出します。
- 相続放棄申述書には、相続放棄をする理由や状況を記載します。
- 家庭裁判所の審理
- 書類提出後、家庭裁判所が申述内容を確認し、不備がなければ相続放棄が受理されます。
- 受理されると、「相続放棄受理通知書」が発行されます。
- 「相続放棄受理証明書」の発行申請
- 上記「相続放棄受理通知書」とは別に、希望すれば「相続放棄受理証明書」を発行してもらうことができます。
- 相続放棄受理証明書は、遺産の名義変更や他の相続手続きにおいて、相続放棄が法的に認められたことを証明するための書類です。

「相続放棄受理証明書」は、他の相続人が遺産の名義変更を行う際に必要となります。相続放棄をしたことを知らせるためにも、証明書を相続人に郵送すると親切です。他の相続人の住所は「戸籍の附票」で知ることができます。
相続放棄をすると、その相続人は最初から相続人でなかったことになります。したがって、プラスの財産だけでなく、マイナスの財産(借金など)も一切相続しません。
相続放棄は、書類の提出と家庭裁判所での手続きのみで完了します。他の相続人と直接会わずに手続きを進めることができるため、できるだけ関わりたくないという希望にも応えられる手続きです。
遠方で会えない、一定の相続人と連絡が取れる場合

『協議』って全員集まって話し合いをしなければいけないの?
遠方に嫁いでいるのでなかなか帰れないし、遺産は兄の考えに任せたいので意見は無いのですが

直接会わなくても、遺産分割協議書に署名と実印を押していただければ大丈夫です。
遺産分割協議は、必ずしも相続人全員が一同に会して話し合う必要はありません。手続き的には、遺産分割協議書に全員の署名と押印が揃えば有効です。したがって、対面での話し合いを避けたい場合、書面の郵送、電話などを利用して話し合いを進めることが可能です。
手続きの解説
- 遺産分割協議の準備
- まず、相続財産の内容と相続人の確認を行います。相続財産には、不動産、預貯金、株式などのプラスの財産、また借金などのマイナスの遺産も含まれます。
- 次に、誰がどの財産をどのように分割するかについて、各相続人の意向を確認します。
- 遺産分割協議書の作成
- 話し合いで合意が得られた内容を基に、遺産分割協議書を作成します。
- 協議書には、財産の具体的な分割方法や相続人全員の署名・押印が必要です。
- 署名・押印の方法
- 遺産分割協議書を郵送して各相続人に署名・押印してもらう方法があります。この場合、事前に内容を確認し、修正点があれば郵送やメールで調整します。
- 相続人の人数が多く、遠方の人が多い場合は、人数分の遺産分割協議書を作成し、それぞれが押印すれば大丈夫です。1つの遺産分割協議書を回覧板のように回さなくても手続きは可能です。
- 協議の進め方
- 直接会うことを避けたい場合は、メールや電話で連絡を取り合い、協議内容を調整します。必要に応じて、代理人(弁護士や信頼できる第三者)を通じて交渉を進めることもできます。
- もし、話し合いが難航する場合は、家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立てることも検討できます。調停では、裁判所の調停委員が仲介し、話し合いを進めます。
遺産分割協議は、冷静で理性的な話し合いが求められます。もし、どうしても会いたくない、または話し合いが難しい場合は、弁護士に相談し、代理人として交渉を依頼するのも一つの手です。弁護士が間に入ることで、スムーズに手続きを進めることができるでしょう。
遺産分割で揉めてしまい、もう話し合いたくない場合

遺産分割の話が進みません。兄はすぐに大声を出すので話し合いにならないのです。もう疲れたので関わりたくないのですが。

裁判所に調停を申し立てましょう。調停はそれぞれ個別に調停委員と話します。他の相続人と直接話し合いはしません。
調停の申立て
相続人の一人または複数人が家庭裁判所に対して遺産分割調停の申立てを行います。申立てには以下の書類が必要です。
遺産分割調停必要書類
裁判所 遺産分割調停
- 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
- 相続人全員の戸籍謄本
- 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している方がいらっしゃる場合,その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本
- 相続人全員の住民票又は戸籍附票
- 遺産に関する証明書(不動産登記事項証明書及び固定資産評価証明書,預貯金通帳の写し又は残高証明書,有価証券写し等)
調停室での対応
- 調停期日には、通常、相続人が交互に調停室に入って調停委員と話をします。これにより、相続人同士が直接対話をすることは避けられます。調停委員は中立の立場で各相続人の意見を聞き、意見の調整を図ります 。
代理人を立てる
- 一切顔を合わせたくない、調停に出席したくない場合や、自分で交渉するのが難しい場合は、弁護士に代理を依頼することになります。弁護士が代理人として調停に出席し、相続人の主張を代わりに行います。
調停は、相続人間の紛争を解決するための柔軟な手段です。調停の進め方や具体的な対応について不安がある場合は、弁護士に相談して、適切なアドバイスを受けることをお勧めします。
おわりに
相続手続きは、家族や親族との関係性が影響するため、時に感情的な負担が生じるものです。他の相続人に会いたくないという状況も決して珍しくありません。しかし、法的手続きやサービスをうまく活用することで、対面での話し合いを避けながらも、スムーズに相続手続きを進めることが可能です。
自身の置かれた状況に合った方法を選び、専門家の助言を受けながら進めることで、精神的な負担を軽減できます。相続は一生に何度も経験するものではないため、わからないことがあれば早めに専門家に相談し、トラブルを未然に防ぐことが大切です。